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上海タイフーンが去った後は、幕末維新の「篤姫」だ

上海タイフーンが去り(終わり)、七瀬ふたたびを見るも気乗りしないNHK番組。唯一、残っているのは「篤姫」だ、幕末維新の時代となり、学校で習っていた歴史以上に慌しい動乱期だと感じさせてくれます。これほどの人間模様があったのか?と毎回感心しながら見ております。

鹿児島では、西郷さんと最終的には対峙する「大久保さん」を擁護する方が少なく、鹿児島中央駅近くの大久保利通像も近年(それほど古くないという意味)やっと建てられたほどです。小松帯刀(こまつたてわき)に至っては、写真の端にいたかも? という具合で、好き嫌いの前に話題にすら上らなかった人物でした。

この番組のおかげで、かごしま県民の今までの見方は変わったことでしょう。篤姫が言った『一方を聞いて沙汰するな』はお幸(樋口可南子)が教えた心得ですが、「一方的な人の話を鵜呑みにしてきた」のは我々だったのかもしれません。

hiroko500.jpgさて、坂本龍馬もこの動乱期を支える運命的な人物だということは番組の中でも伝わってきますが、お龍(おりょう 市川実日子)さんとの束の間の幸せなひと時を「霧島温泉郷」で過ごしたことは素晴らしいことです。今でもお二人が入ったという川沿いの温泉近くには、休憩を取りながら入れる古い温泉処もありますので、弁当やおやつを買い込んで、1日のんびり温泉三昧を楽しめます(日当山温泉など、鹿児島空港から車で15分)。

薩摩の殿様「島津斉彬」は、慶喜を将軍にと篤姫を送り出しましたが、本当の使命は「江戸城最後のまとめ役」だったのかもしれません。

Photo by kubowaku : 坂本夫婦が好んで飲んだという霧島のお茶と鹿児島銘菓かるかん「島津公」

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コメント

今日は。
暇な時間は多いのですが、TVはNHK以外はあまり見ません。
歴史物には興味があるので、大河ドラマは昔から好きでした。
上海人の中国語の先生も明治維新の事は知っていました。
香港人の知人も日本の歴史は良く知っているようで、
中国では「革命」についてはよく研究したようですね。

[2008年10月26日]Posted by haichaolu

中国で売っている「日本の歴史物」ってみたいですね。80年代出版の「日本人と中国人」の著者 陳舜臣さんが中国で日本を紹介している満足な書物がない!みたいな事を書いていたので、逆は多いのにどうしてないのだろう と思っていました。90年代に入り文化大革命後に多くなったのでしょうね。

[2008年10月30日]Posted by sasaAuthor Profile Page

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