アプロード

『篤姫』 鳥羽・伏見から江戸へ

歴史的には 慶喜敗走 の場面です。

篤姫語録:戦(いくさ)とは人を幸せにしない!    そちたちこそ、私の家族
お幸語録:薩摩のおなごの筋の通し方というものがある

この語録からも、歴史的には短い1867年12月、主人公の心の葛藤と覚悟のための第45回放映が必要だったのだと思います。

さて、前回の1867年12月の登場人物の立ち位置を1868年1月に改めました。赤Xはもう登場しない、青印は立ち位置が明確になり新たに加えた登場人物です。松平容保(まつだいら かたもり 会津)は江戸に帰ってきた慶喜に、官軍との抗戦を主張する人物なので再登場。

atu0811152.jpg1868年1月の見所は、後醍醐天皇の時代を彷彿させる「錦の御旗(にしきのみはた)」を五重塔がある東寺に掲げたあとの幕府側の総崩れ。とくに、伏見では長州と幕府・新撰組・会津の戦いに旗を契機に、土佐藩が参戦したり、敗走する幕府軍に津藩が砲撃するなど、天下の形勢が大きく変わるところ。

板倉勝静(いたくらかつきよ)らと大坂城を抜け出した慶喜はアメリカの軍艦で一夜を過ごし、幕府軍艦 開陽丸で江戸へ帰る(戦場に兵を置き去りにして)。そんな慶喜が、恥をしのんで篤姫と対面するのが46回放映の名場面でしょう。

例えると

従業員に工場閉鎖も告げずに夜逃げした社長=慶喜を守る篤姫という名場面

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